いきがいさがし

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いきがいさがし

生きがいを探して模索する40代中年男の日記

昔は落ちてるエロ本で熱く震えられていた~神の手事件の藤村教授に捧ぐ

とりとめもない話 友達の話 エロい話

昨日のAVに続き、本日もまた道端でエロ本を拾ってしまいました。

それはコンビニで売ってるような安っぽいエロ本ではなく、その手の専門店にしか売ってないような立派な装丁で作られており、なんと¥2,400の値段が付けられていました。

私は慌てて辺りを見回し誰もいない事を確認してから、こっそりとその高級エロ本のページを捲りました。さすがに¥2,400だけに内容は素晴らしく、私のような片手間にエロ本を嗜む程度のおっさんでは、なかなかお目に掛かれるような品ではありませんでした。

でも私は絶対に、自分の部屋にそのエロ本を持って帰ろうとは思いませんでした。

妻と娘がいるというのもありますが、落ちてるエロ本とは発見した喜びと、人に見られたら恥ずかしいというドキドキ感があって始めて、興奮できる物であることを私は知っているからです。

キャンプで作ったカレーを家に持って帰って食べても全然美味しくないように、落ちてるエロ本を拾って帰って家で読んでも、それはただの汚いエロ本でしかなくなることを知っているのです。

なので健全な青少年の目に触れぬよう、悪書追放の白ポストへと拾ったエロ本をダンクシュートし、妻と娘の待つ家路へと急ぎました。

私は昔からよくエロ本を拾った。

私は中学生の頃から、他の友達に比べてエロ本をよく拾っていました。

授業が午前中で終わる土曜日に、学校の近所の公園でたむろしてた時などには必ずと言ってよいほど、私が一番に落ちてるエロ本を発見しておりました。

そのうちに、友達内で評判になり「犬も歩けば棒に当たる」という諺がありますが「ブタ男が歩けばエロ本に当たる」というジンクスまで生まれ、その嗅覚から「発掘王」と呼ばれ、みんなから一目置かれる存在になりました。

その後私は大人になり、エロ本なんて読まなくなったある日、テレビで石器捏造のニュース↓を見ました。

旧石器捏造事件 - Wikipedia

要約すると「神の手」と称されたその腕で、次々と歴史的な考古学的発見を行っていた藤村教授でしたが、実はその偉業のほとんどが自ら捏造したものだったという忌まわしい事件です。

歴史の教科書が台無しになる位の大きなニュースだったから、覚えておられる方も多いと思いますが、私もこのニュースを見た時は大いに憤慨しました。

私もわりと歴史が好きな方だから「このおっさんはアホか!事の重大さが解かってやったんか!」とこの偉大な教授をペテン師呼ばわりしたものです。

でも釈明会見の場で藤村教授が「『神の手』と呼ばれるのは心外だった。他人の何倍も努力したから…」と涙ながらに声を振り絞ってるのを見て、私は胸が苦しくなってしまいました。

  

私と一緒にされたくないでしょうが

実は私も中学生の時、公園でエロ本を拾いまくれたのは、抜群の嗅覚を発揮した訳でも何でもなく、本当は金曜日の晩に自分で公園にエロ本を捨てに行ってたからなのです。

みんなで公園でたむろして遊んでた時に、たまたま何度か私がエロ本を発見してしまい、その度にみんな盛り上がってハイテンションになって「また、エロ本拾えたら良いな~」って期待してくれるようになったから、引っ込みが付かなくなっただけなんです。

みんなをガッカリさせるのがイヤだったから、その後も前日にエロ本を公園に捨てては、自分で発見したフリをし続け、なに食わぬ顔で「発掘王」の称号を欲しいままにしていたのです。


エロ本と石器を一緒にしてはいけないのですが、間違いなく藤村教授も最初は純粋に遺跡発掘してたけど、何度か歴史的発見をしてしまったが為に、その後も発見し続けないといけなくなったんだろう。

一度、成功してしまうとその後も成功し続けないと「落ち目になった」などと後ろ指を刺してくる愚民からのプレッシャーに負けてしまったんだろう。

私にはその時の、藤村教授の気持ちが痛いほど解かりました。

 

私も別にみんなから一目置かれたかった訳じゃなくて、いつものように私がエロ本を発見する事で、みんなが喜んで盛り上がってくれる顔が見たかっただけなんですから。

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