いきがいさがし

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いきがいさがし

生きがいを探して模索する40代中年男の日記

パチンカスもゲーマーも大差ないが、引きこもりのニートよりは大分マシ

環境問題 仕事 ゲーム エロい話 エロい話-AVの話

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外回りの最中に便意を催したので、目の前にあったパチンコ屋へトイレを借りに入りました。

自動ドアが開くと、忙しそうに働いていた店員が手を止めて、私の方を向き「いらっしゃいませ」と深々と頭を下げました。

無事用便を足し店内に戻ると、ちょうどトイレから出た所に「ご自由にお使い下さい」と、ホカホカのおしぼりが用意されてあったので、ありがたく借りて手と顔を拭きました。

おしぼりの隣には「ご自由にお飲み下さい」と、ヤクルトのパチ物みたいなドリンクがあったので、これまたありがたく飲みました。

パチンコをせずに、トイレを借り、おしぼりを使い、ドリンクを飲んだだけの私が外に出ようと自動ドアを開けると、また忙しそうに働いていた店員が、私の方を向き「ありがとうございました」と深々と頭を下げました。

私はパチンコを含むギャンブルの類は一切やりませんが、その凄まじいまでのおもてなし精神に思わず恐縮してしまいました。パチンコ屋は世間的には決してイメージは良くないですが、その企業努力は我々も見習うべき点は間違いなくあると思います。

地域の清掃活動を始め、緑化活動、児童支援などにも多額の援助を行っており、その辺のしょうもない営業会社などよりも、遥かに社会貢献度が高い事は疑いようのない事実です。

知らず知らずの内に我々がその恩恵を受けてる部分もある筈だし、ただ単に「パチンコ嫌い」という感情論だけでパチンコ屋やパチンカス達を否定するのは、あまりに短絡的というか考えが足りないのではないかと、私は思ってしまいます。

 

パチンカスもゲーマーも大差ないが、引きこもりのニートより大分マシ

パチンコ屋と並んで非難されるのが、いわゆる「パチンカス」と呼ばれるパチンコ愛好家です。私は不思議に思うのですが「趣味がパチンコ」って、そこまで非難されるような事なのでしょうか?

画面に向かって没頭するという意味なら、テレビゲームやネットと大差ないような気がするのは私だけでしょうか?最近は私もゲームしませんが、勝ってお金が返ってくる可能性がある分だけ、まだパチンコの方がマシだと思ってしまいます。

一年365日、年中無休で朝早くから列に並んで良い台を確保し、飯もろくに食わずパチンコ台に向かい、閉店まで諦めずに遊戯を遂行し、それで生活が成り立ってるのなら、私のようにチンタラ働いてる人間より、よっぽど勤勉なのではないでしょうか。

台の攻略研究にも時間を割き、還元率や期待値の悪い競馬や競輪などの公営ギャンブルを敬遠し、あえてパチンコで生活してる人間なんて、ある意味ブラック企業で働いてる人間よりも遥かに利口だと私は思います。

「パチンコ依存症で家族を苦しめる」「駐車場で子供が熱中症で死んだ」などのネガティブなイメージも付きまといますが、それは本人に問題があってパチンコは関係ない事です。

そんな人間はパチンコをやってなくても、麻雀や花札など他のギャンブルにハマって家族を苦しめるだろうし、本人の資質を無視してパチンコだけを非難しても、何の意味もないのではないでしょうか。

よく引きこもりニートが、そんな記事をネットで見て「パチンカス氏ね」と2chに書き込んでるらしいですが、パチンコ愛好家は金を使い経済を回して社会の歯車の一翼を担っています。それに引き換えニートは何も生み出していません。

それを考えると、パチンコ費用、パチンコ雑誌代、タバコ代、などを消費し、勝った時には気前良くソープへ行ったりして経済活動を行ってるパチンカスの方が、家に引きこもり一銭も使わないニートよりも、遥かに社会貢献度が高い事は言うまでありません。

別に私はパチンコの肩を持つ訳では決してありません。ただ自分がパチンコを嫌いだからって、他人の趣味を異常なまでに貶し、その人間性まで否定する事に対し違和感を感じるだけなのです。

 

パチンコ屋が非難される理由

パチンコ屋が非難されるのは大きく二つの理由があります。

まず一つ目は、パチンコ屋から北朝鮮に資金が流れてるというものです。

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引用:パチンコ廃止を求める会より

これに関しては完全に当該団体の詭弁です。

先進国で北朝鮮と国交がないのは、日本、アメリカ、フランスくらいで、他の国とは活発に貿易を行っております。高麗人参や兵器などの輸出で、日本のパチンコ屋から流れる資金など比べ物にならない程の利益を上げております。

なので「パチンコ屋の売り上げがミサイルの資金になってる」は、何の裏付けもない感情論に過ぎない事になります。

 

二つ目は、店内で出玉を景品に交換、店外でその景品を換金するという、いわゆる「三点方式」と呼ばれる、賭博を禁止した日本国憲法の盲点を突いた姑息な換金法です。

これに付いてはセーフと言えばセーフ、アウトと言えばアウトの微妙なグレーゾーンを攻めた作戦で、警察も見て見ぬフリをしてるのが実情で、パチンコ反対派からすれば絶好の突っこみ所です。

しかしながら私は思うのですが、この誰がどう見ても怪しい方式をまかり通らせてるのは、警察OBを天下りで迎えたり、民進党に献金したりと、パチンコ業界団体の弛まぬ努力の賜物じゃないでしょうか。

狡猾に国家中軸に入り込み、黒い物も白くするパチンコ団体の政治力は並大抵のものではありません。

徒に群れをなし無駄に警官を動員させ交通の妨げになり、無関係の人間に多大な迷惑を掛けた上に、何の成果もないデモを行うような烏合の衆が、どうあがいたって敵う相手ではないのです。

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引用:パチンコ廃止を求める会より

くれぐれも断っておきますが、私はパチンコやりません。

中立の立場から客観的事実を述べてるだけなので、悪しからずご了承願います。

 

 

業界団体の弛まぬ努力はAV業界も同じ

グレーゾーンは私の愛するAVにも存在します。「わいせつ物頒布等の罪」という刑法で定められた罪があり、セックスしてる映像などを頒布してはいけないという規定があります。

その下らん刑法に対抗するために、日本のAV会社は局部にモザイクを掛ける事で「これはセックスしてる演技ですよ~」という詭弁を用い、そしてそれも警察が見て見ぬフリする事で、この舐めた建前がまかり通っているのです。

最近の薄いモザイクなら誰がどう見ても挿入されてるのは明らかなのに、AVの審査団体の承認が得られれば、その作品は「演技」というお墨付きと共に、めでたく販売やレンタルなどの営利目的で頒布する事を許されるのです。

これもAVの審査団体に警察OBを天下りさせ「表現の自由」という大義名分を成立させたAV業界の弛まぬ努力により成しえた偉業なのです。

じゃあいっその事、もっと業界団体が努力して、モザイクなど撤廃した方が良いのではないのか?という意見もあるでしょうが、私は決してそうは思いません。

もし日本のAVにモザイクが無かったら、現在のように創意工夫された作品が生まれたでしょうか?モザイクがあり、局部や挿入部が見えない不利を跳ね返そうとした先人達の努力が、日本を現在のようなAV大国にまでのし上げたのではないでしょうか。

日本のAVは、シチュエーション、ストーリー、カメラアングル、照明などなど、日本人ならではの職人魂が結集された、もはや芸術品で文化財に指定されても恥ずかしくない程の質です。

パンツの上から執拗に局部を責めまくり、滴る愛液やシーツに付いたシミにAV女優の快感を想像し脳内で補完する喜びは、モザイクなしで局部モロ見えのAVでは絶対に味わえない醍醐味です。

最初からモザイクがなければ「セックスさえ見れたらいいんだろ?」みたいな、アメリカのAVのような大味な作品ばかりが溢れかえって、恐らく私はAVなど見ずに官能小説でも読んでオナニーしてた事だろう。

私はそんな日本人として産まれた事を誇りに思う。思うぞコノヤロー!

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